その他編

斎藤

三本柱の一人として、また巨人を支えた大エースとして、活躍していました。それだけに正直な話、彼の引退は本当に信じられませんでした。まだ後数年は現役選手として頑張ってもらえると思ったのですが、まさか引退を決断してしまうとは・・・。4月はローテーションピッチャーとして頑張っていましたが、故障で2軍に行き、その後9月の一番大事な時期にまさかの中継ぎとして出てきてヤクルト3連戦で勝利の方程式を作ったときは「まだ大丈夫だろう。来年はまだエースとして、また投手陣の精神的な支柱として頑張ってくれる」と思っていただけに・・・。繰り返して書きますが、masaは巨人の選手で誰が一番好きかと聞かれたら、間違いなく彼の名前を挙げます。それぐらい好きな選手だったので、本当に引退が惜しまれます。こんなに引退が惜しいと思ったのは初めてのことかも知れません。でもヤクルト戦のあのピッチングは素晴らしかったです。だからと言って5連投は無かったと思いますけどね。一つには原新監督が嫌だったのか、という邪推も考えられなくも無いのですが。

槙原

かつての三本柱も既にかなり疲れていたみたいです。今年はキャンプから故障で出遅れて既に出番が無いなと思っていたのですが・・・、やっぱりかなと言う感じでした。後半の数年間は色々とありましたが、それこそ三本柱の一人として活躍していたことを忘れてはいけないと思います。抑えとしては確かにあまり成功したとはいえませんが、彼も巨人を支えたエースだったと言えるでしょう。彼はどちらかと言うとバラエティ番組に出てきそうな気もしますが、彼が素晴らしいピッチャーだったと言うことは忘れてはいけないと思います。抑えで出てきたときには「死んださばの目」と言われていましたが、決してそれだけでは無かったと強調しておきます。

村田真

2000年までは巨人の正捕手でした。2001年は阿部を育てると言う目標があったために彼の出番が必然的に減少してしまいました。極論すれば彼の引退は阿部の存在が原因と言えるでしょう。実は今シーズンはコーチ兼任も提案されたそうですが、それを断って現役を続行したようです。でも出番が無かったのはやっぱりつらかったみたいですね。とりあえず来期はコーチかな?

三沢

気がついたら近鉄にトレードされていました。前までだったら「出番が無いから近鉄なのか?」と言うことも考えられるのですが、移籍先の近鉄では中継ぎで勝ち星を稼いでいました。ロングリリーフも任せられたみたいですが、巨人にいたときにあんなに活躍していたかと考えると結構疑問です。まぁ環境が変わったので本来の力を出せたのかもしれませんが。それにしてもこんなピッチャーを手放すなんてもったいなかった気がするんだけどなぁ。

かつて巨人の4番といえば彼でした。が、masaにとってはあまり彼が活躍していたところが浮かびません。彼は滅多にホームランを打たないと思っていたため、彼がホームランを打つと「これでしばらくホームランを打たない」といってしまった記憶が浮かびます。それぐらいmasaの記憶の中の彼はホームランを打たなかったのですが、実際はどうだったのでしょうか?とりあえず次期監督として頑張ることを期待します。

中畑

通称「絶好調」男です。と言ってもこの人もほとんど記憶に残っていないのですが、確か現役引退をする時の日本シリーズで最後にホームランを打ったことを記憶しています。今は解説としての方が有名ですが、多分この人は相当すごかったはずなのです。あと覚えていることは・・・、背番号が24番だったということでしょうか?

吉村

この人が相当すごい人だということはいろいろな話を聞いて知っていました。確かにあんな怪我からでは絶対復帰できないと思いますが、それでも彼は復帰してきました。多分あの怪我が無かったらもっと長く現役を続けることが出来たんでしょうね。この人は野球選手としてだけでなく、人として何か手本になるのではないかと思っています。

駒田

FA宣言して巨人から出て行ったのは今まで彼だけではないでしょうか?この人が巨人を出て行った理由は分かりませんが、巨人がこの人を放出したことは今考えても謎です。元祖満塁男とかそういう部分があったらしいのですが、masaが巨人ファンになった頃のクリーンナップで一番頼りになるのは彼だったと思います。

落合

中日から長嶋監督が三顧の礼で迎えたバッター。かつては三冠王をとったこともあるらしいのですが、その時代を知らないので全く分かりません。この人の野球理論はmasaには難しくてよく分からないのですが、とにかくすごいらしいです。この人は4番として当時の巨人の精神的な支えとなりました。途中怪我することもありましたが、その後松井まで安定した4番バッターが出なかったことを考えると、彼がいかにすごいバッターだったかということも良く分かります。引退した後は解説者となりましたが、彼の解説はかなりむかつく感じです。なぜなら誰も出来ないようなことを平然と言い放つからです。

宮本

昔はローテーションの谷間で投げていたピッチャーです。今ではバラエティで見かけることが多いのですが、昔から宴会部長だったらしいです。彼が引退してからしばらく、巨人には左ピッチャーがいなかったことを考えると彼の存在は重要だったと思われます。

長嶋一茂

今ではバラエティやドラマで見かけることも多くなりましたが、彼も一応巨人OBです。元々はヤクルトにいたのですが、監督が長島さんになってから巨人に来ることになったのです。巨人に来てからはそんなに活躍しなかったことを記憶しています。確か槙原が福岡ドームで完全試合を達成した時にサードを守っていたことを記憶してます。それにしても・・・、野球選手だったときよりも今の方が体格が良く見えるのはなぜでしょう?

デーブ大久保

元々は西武にいて、トレードで巨人にきた選手です。キャッチャーでしたが、キャッチャーとしてというよりも代打としての方で活躍した記憶があります。彼は代打の切り札として勝負を掛けるところで出てくるのですが、masaの印象では彼は代打ホームランを打っていたとしか覚えていません。彼がホームランを打ってファーストコーチと抱き合い、泣きながらホームに戻ってくる。どこかで見たことありませんか?

川口

最近ドラマで見た記憶もあるのですが、一応彼も巨人OBです。元々広島にいたのですが、FA宣言して巨人に移ってきました。貴重な左の抑えピッチャーとして胴上げ投手になったこともありました。masaは今でもその時の記憶が残っています。

広沢

一応・・・、巨人にいた選手です。今は阪神で再起を図っていますが、巨人にいた時の印象は・・・、ほとんどありません。今季は巨人戦で決勝点をたたき出して、ヒーローインタビューで「六甲おろし」を歌うということもありました。何で巨人にいた時にそれだけ活躍してくれなかったのかな・・・?

ガルベス

出ました!奴こそが「監督を男にする」といいながら結局成績を残せずに帰ってしまった奴です。来日1年目こそ成績は良かったのですが、その後徐々に成績が落ちていって最後の年(2000年シーズン)は0勝という結果に終わりました。実はピッチャーというよりもバッターの方が良かったのではないかとも思うのですが・・・。だってピッチャーであんな完璧な満塁ホームランを打てるなんて。

マント

伝説のショートです。どのぐらい伝説なのかというと、ショートゴロをトンネルしていましたから・・・。それ以来masaの中では役に立たない選手の代名詞として「マント何号」と呼ぶことになりました。確かシーズン途中で解雇されていたような・・・。

ダンカン

通称「マントMk-II」と呼んでいました。マントが役に立たなかった反省を活かして取ったらしいのですが・・・、結局大した事ありませんでした。そりゃホームランも打てるのですが彼が打ったホームランは高めのボール球でした。ちなみに低めの球は全く打てませんでした。彼も結局シーズン途中で解雇されていましたね。彼もショートをしていましたが、やっぱり彼もエラーがすごかったです。

ヒルマン

かつてロッテでエースとして活躍していたピッチャーを巨人が左ピッチャー補強のために獲得したのですが・・・、全く巨人では実績が残せませんでした。左肩に故障があったようなのですが、その故障のために全く成績が残せなかったのです。「左肩に小錦が乗っているようだ」と言う意味不明な発言をして2軍で調整していたらしいのですが、結局肩が治らなかったらしくそのまま退団することになりました。結局1軍で投げたのは1回だけだったと記憶していますが、彼に関しては本当にお金の無駄だったと思われます。

石毛

かつて「勝利の方程式」の一端を担っていましたが、気が付いたら近鉄に放出されていました。もともとコントロールが無かったのですが、それでもなぜかストッパーとして成績を残していました。が、よく暴投することがありそれで負けたこととも数知れずという状態でした。

木田

かつて先発ローテーションの谷間として巨人で投げていたはず・・・でしたが気が付いたらオリックスに行ってました。更にメジャーリーグに行ったらしいのですが、また気が付くとオリックスに帰ってきていました。どうもmasaにとってこの人は野球選手としてよりも、バラエティ番組やイラストレーターとしての方が印象に残っています。

石井

近鉄で4番を打っていたらしいのですが、巨人に来てからはかなり不遇だったと思われます。彼の守備位置はファーストでしたが、ファーストは清原がいましたからどうしても清原の控えでした。更に悪いことに清原が不調だったためマルティネスをとったものだからますます出番がなくなってしまいました。結局ロッテにトレードになりましたが、彼にとってはむしろそれでよかったと思います。個人的には彼の勝負強いバッティングは放出するには惜しいものでしたが・・・、まぁチーム事情がありますから仕方ないでしょうね。そして、今は横浜。

メイ

ローテーションとして考えていると、突然居なくなってしまったというピッチャーです。彼一人で10勝ぐらいは計算できるはずなのに、何故アメリカに?

平松

前田をFAで取ったことで、中日に人的補償として行くことになったピッチャーです。その直前に週刊誌に出てしまったので、何か関係があるのでは?と勘ぐってしまいましたがそういうことは全く関係ないようです。ただ、どう考えても巨人には必要なピッチャーだったはずなんだけどなぁ。

野村

いつの間にやらメジャーに行っていました・・・。何故?

マルティネス

気が付くとメジャーに居ました。確か新庄かイチローか、誰かの試合でファーストを守っていましたね。出来ればもうちょっと日本で活躍してもらいたかったんですけどね。

チョンミンチョル

選手名簿に居なかったんですけど・・・、一体何が?

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